中枢神経脱髄疾患について

  1. 多発性硬化症
  2. 多発性硬化症とは

    多発性硬化症(multiple sclerosis: MS)は、中枢神経(脳、脊髄、視神経)における炎症性疾患で、その原因は不明です。20歳代後半に発症することが多く、10歳未満や50歳以上での発症は非常にまれです。男性よりも女性の方が2~3倍多い病気です。比較的急性に生じる炎症により中枢神経内に巣状の病変が形成され、病変が生じた領域に相応の神経症状が出現します。大脳内に生じる病変の多くは無症候性ですが、無症候性の病変であっても核磁気共鳴画像(magnetic resonance imaging: MRI)で容易に同定することができます。症状に出やすい領域として、視神経、脳幹、脊髄があり、それぞれ視覚障害(視力低下、視野欠損、色覚異常など)、脳神経障害(複視、顔面麻痺、顔面痛など)、脊髄障害(体幹・四肢の感覚障害、運動障害、排尿障害など)を呈します。急性に生じる炎症は1か月程度で自然にある程度治まりますが、繰り返す炎症や持続的に存在する炎症などにより、徐々に神経の変性が進み、脳萎縮が生じることがあります。神経の変性が進むことで中枢神経の機能障害が慢性進行症状として悪化することがあり、発症早期からの疾患修飾薬(disease modifying drugs: DMD)の導入、継続的治療が重要となります。


    多発性硬化症の病態

    多発性硬化症の炎症にはTリンパ球の働きが重要と考えられています。中でも1型ヘルパーT細胞(Th1細胞)や17型ヘルパーT細胞(Th17細胞)の異常な活性化と、制御性T細胞(Treg細胞)の活性低下が病態に関与していると考えられています。また、T細胞の活性化にはB細胞も強く関わっており、病巣では血管周囲を中心としたリンパ球浸潤と、活性化した貪食細胞やミクログリアが破壊された髄鞘を貪食している像を認めることができます。


    多発性硬化症の診断

    多発性硬化症の診断は、鑑別診断が重要で、中枢神経に炎症を生じる他疾患をすべて否定することが必要です。中でも、神経膠腫、悪性リンパ腫などの脳腫瘍、多発性脳梗塞、ウイルス性脳炎、ベーチェット病、サルコイドーシス、後から述べる視神経脊髄炎関連疾患、抗MOG抗体関連脱髄疾患などが重要となります。鑑別に必要な検査は、血液検査(炎症反応、血清自己抗体)、髄液検査(髄液細胞数、髄液蛋白濃度、オリゴクローナルバンド、IgGインデックスなど)、MRIです。他疾患が否定され、中枢神経の2か所以上で異なる2つ以上のMRIで確認できる多発性硬化症による神経症状があり、新たなMRI病変を伴う神経症状の再発があれば多発性硬化症と診断できます。その際、髄液検査でオリゴクローナルバンドが陽性となるなど、種々の検査で多発性硬化症に矛盾しない結果となることが求められます。


    多発性硬化症の治療

    急性の炎症に伴い生じた、比較的速く数日で出現する症状に対してはステロイド治療が施されます。通常はメチルプレドニゾロンと呼ばれる副腎皮質ステロイド剤を用いて大量に3日間連日で点滴注射します。これをステロイドパルス療法と呼び、体内の炎症が一気に鎮められます。炎症が治まることである程度症状が回復しますが、ダメージを受けた髄鞘が再生するには1~数か月かかることがあり、症状の回復も1~2ヶ月かかることが多いです。3日間のステロイドパルス療法で回復が悪い場合は1週間くらいの間隔でさらに1クール(3日~5日間)のステロイドパルス療法を追加します。病初期の急性症状の多くはステロイドパルス療法により数か月後には概ね回復します。この状態を寛解と呼びます。
    寛解状態を維持し、中枢神経での炎症を抑える目的で疾患修飾薬を使用します。中枢神経のダメージが少ないうちから疾患修飾薬を始めることで症状の進行や脳萎縮を予防できることが分かっています。後遺症が遺ってしまってから疾患修飾薬を開始しても、後遺症が改善するわけではないので、症状が完全に寛解しているうちに疾患修飾薬を始めることが重要です。疾患修飾薬にはさまざまなものがあり、効果や副作用などに特徴があります。


  3. 視神経脊髄炎関連疾患
  4. 視神経脊髄炎関連疾患とは

    視神経脊髄炎関連疾患(neuromyelitis optica spectrum disorder: NMOSD)は、血液中に存在する抗アクアポリン4(aquaporin-4: AQP4)抗体が原因となり中枢神経で重度の炎症を引き起こす疾患で、多発性硬化症とは全く違う病気です。患者さんの90%は女性で、男性の発症はまれです。抗AQP4抗体のように、病気を引き起こす抗体を病原性自己抗体と呼び、引き起こされた病気は自己抗体病と呼ばれることがあります。視神経脊髄炎関連疾患は自己抗体病のひとつで、重症筋無力症や慢性甲状腺炎などの他の自己抗体病と病態が似通っており、複数の自己抗体病を合併することがあります。また、自己抗体が主体となって全身性に炎症を起こす病気に膠原病がありますが、膠原病の患者さんに視神経脊髄炎関連疾患が生じることもあります。炎症は視神経、延髄、脊髄に生じやすく、非常に重度の炎症で失明したり、寝たきりになったりすることもあります。発症年齢は乳幼児から高齢者まで幅広く、年齢が若いほど視神経や脳に炎症を起こしやすく、年齢が高いほど脊髄炎を生じやすいことが報告されています。


    視神経脊髄炎関連疾患の診断

    視神経脊髄炎関連疾患の診断は、血液中の抗AQP4抗体を測定することで可能です。保険適用になっているELISA法による抗AQP4抗体測定は、感度や特異度が低く、時々偽陽性や偽陰性が生じることがあります。偽陽性や偽陰性が疑われる場合は、保険適用のないCBA法と呼ばれる、より正確な測定法による再検査を必要とします。CBA法で抗AQP4抗体が陽性であれば視神経脊髄炎関連疾患として診断することができます。多発性硬化症で抗AQP4抗体が陽性になることはありません。


    視神経脊髄炎関連疾患の治療

    視神経脊髄炎関連疾患の炎症は非常に重度で、中枢神経に重度のダメージをもたらします。通常1クールのステロイドパルス療法では回復できず、血液中の抗AQP4抗体や補体と呼ばれる炎症成分を取り除く血液浄化療法(単純血漿交換療法、免疫吸着療法)を必要とします。ステロイドパルス療法と血液浄化療法を併用しても、全く回復せず高度の後遺症を遺すことも珍しくありません。
    視神経脊髄炎関連疾患は中枢神経に慢性的な炎症は生じないので、再発を防ぐことが重要です。視神経脊髄炎関連疾患の再発予防には経口ステロイド剤(プレドニゾロン)を用いることが多いですが、ステロイドの副作用を避けるために免疫抑制剤を併用あるいは代用することがあります。これらの治療を長年続けたとしても、中止することにより再発を招くことが多く、少量に減らしながらも永続的に内服治療を続ける必要があります。最近、分子標的薬としてのモノクローナル抗体製剤による再発予防が有効との報告が複数あり、将来的にはステロイドを用いない、より有効でより安全な治療法の開発が期待されています。


  5. 抗MOG抗体関連脱髄疾患
  6. 抗MOG抗体関連脱髄疾患とは

    2014年くらいから血液中の抗MOG(myelin oligodendrocyte glycoprotein)抗体が原因と思われる中枢神経の炎症性疾患の存在が明らかになってきました。それまでは診断がつかなかった疾患で、多発性硬化症や視神経脊髄炎関連疾患などと誤診されていた患者さんが多いことも分かっています。小児発症が比較的多い疾患で5~10歳で発症のピークがあり、急性散在性脳脊髄炎と診断されていることが多いです。成人発症を含めて視神経炎や脊髄炎の発症頻度も高く、軽症な場合は多発性硬化症と誤診されます。診断は血液中の抗MOG抗体をCBA法で測定することで可能ですが、保険適用になっていないので限られた施設でしか測定することができない問題があります。
    視神経炎や脊髄炎の他、脳症(発熱によらない精神障害や意識障害、けいれん発作など)や髄膜炎など多発性硬化症では見ることのない中枢神経症状を来すこともあります。様々な症候を生じるため臨床経過だけでは診断が難しいことが多く、中枢神経の炎症性疾患で原因が特定できない場合はスクリーニングで抗MOG抗体を調べることが勧められます。視神経脊髄炎や多発性硬化症と異なり男女差がなく、ステロイドパルス治療の反応性は通常良好で、強い後遺症を遺すこともあまりありません。多発性硬化症の疾患修飾薬は無効と考えられており、再発予防には少量の経口ステロイド剤が有用と考えられています。重症例や頻回再発例、難治例に対しては、視神経脊髄炎に準じた治療法が適用されます。


  7. その他の中枢神経脱髄疾患
  8. 多発性硬化症、視神経脊髄炎関連疾患、抗MOG抗体関連脱髄疾患に分類されない炎症性脱髄疾患もまだまだ多く存在すると考えられています。抗AQP4抗体や抗MOG抗体が陰性の急性散在性脳脊髄炎や腫瘍様脱髄疾患などがこれに当てはまり、これら希少疾患の病態研究も進めていく必要があります。